A 『歴史の扉』(13世紀~1850)
(1)歴史とわたしたち


漢字の歴は「積み重なる」という意味で、史は史実、「歴史」とは史実の積み重ねという意味です。西暦ではキリスト誕生から今年で2019年、日本では古くは初代天皇の神武天皇(じんむてんのう、神話上の天皇)の天皇即位を起点にした皇紀で数えると2679年の積み重ねがあります。その中で、近現代史といえば、諸説ありますが、日本ではペリーが初来航した江戸時代末期の1853年をひとつの基点とすることが多く、最初に写真撮影された日本人の現存写真がちょうどその直前の1850年頃、つまり今から170年前からとしても、わたしたちから数えて、たかだか数代、数人の祖先が生きた時代が近現代。もし数人の祖先たちが生きた時代に何があったかを正確に知るならば、それだけでも私たちの先達(つまり日本人)の歩いた道や考え方を知り、さらには日本人のDNA(遺伝子)がどのようなものかを知ることができるでしょう。それはたいへん重要なことなのです。

 

(2)歴史の特質と資料


歴史は後ろから押されて前へ進みます。過去があるから、今があるわけで、その過去はちょうど一つの点の連続のようなもの、その点が複雑に絡みあって次の点となり、潮流のように次の時代を作ります。一つの点は、史実であり、事実・真実の点なので、どのような形をしているかを詳しく虫メガネで見て、知ることが本来はできるはずです。
ところが200年ちかく生きて、その間の170年そのすべて知っている人はおらず、歴史といういわば映画(1850~2019)のようなものを、途中から見だしては、また途中で映画館から出ていくことの繰り返し、つい十数年前に生まれたあなたたちも、連綿と続く映画の続きをぼんやりと見ているにすぎません。しかし、人が歩いたあとに足跡が残るように、歴史は一つの真実の点の連続なので、残された資料を拾い集めて正確に並べ直すことで、検証することが可能という特質があります。つまり映画のストーリーを最初から理解して見ることができるのです。その資料は、絵であったり、写真であったり、映像であったり、文章であったり、当事者証言であったりと。実はそのひとつひとつの資料はあなたの祖先たちがあなたたち子孫に伝えたくてわざわざ残してくれたものなのです。そのようにして、歴史の重い扉は開かれ、あなたたちは祖先の経験した貴重な話を見たり聞いたりすることができるわけで、それはたいへん貴重な財産なのです。