徳川時代の最後の年の1月、徳川慶喜追討と東日本を平定すべく、東海道鎮撫総督に公卿の有栖川熾仁(たるひと、後の皇族軍人)が天皇から錦の御旗と節刀を授けられ、同参謀に西郷隆盛、東山道鎮撫総督に岩倉具視の長男(岩倉具定)、同参謀に土佐藩の板垣退助(後の首相)、北陸鎮撫総督兼会津征討総督に公卿の高倉永祐(後に病没)、副総督に四条隆平(後の奈良県令)、同参謀に薩摩藩の黒田清隆(後の首相)・長州藩の山県有朋(後の首相)が進軍を開始。西日本を平定する九州鎮撫総督に元七卿の澤宣嘉、同参謀に長州藩の井上馨(後の大蔵大臣)、山陰鎮撫総督に公卿の西園寺公望(後の首相)が命じられて進軍を開始、最も抵抗勢力が多い奥羽の鎮撫総督に公卿の九条道孝(後に娘が大正天皇の皇后)が進軍を開始した。鳥羽街道や京郊外の伏見での幕府軍とが衝突して戊申戦争の火蓋が切られたが、戦乱は一週間あまりで朝廷軍の勝利で決着、その後の江戸を目指しての進軍は、「宮さん宮さん」(日本初の軍歌)や「トンヤレナ節」を演奏しながら行われた。3月には東海道鎮撫の隊列は江戸に到着、参謀の西郷隆盛と幕臣の勝海舟が二度にわたり談判し、戦火を交えることなく4月に元徳川将軍のいた江戸城が無血開城となった。 

 

【参考年表】

・1月 鳥羽伏見の戦い(戊申戦争のはじまり)

・2月 維新政府、駅逓司を設置

・3月 西郷隆盛・勝海舟の談判

・4月 江戸城開城

・5月 上野戦争

・7月 江戸が東京と改称

・8月 幕府の榎本武揚が江戸湾から船で脱出

・9月 鶴ヶ城(会津城)が陥落

   維新政府、「明治」と改元

   天皇が京より東幸

・12月 天皇が東京から西京(京都)に還幸

 
 

​第15代徳川将軍・徳川慶喜(在職1866~1868)

​第122代天皇・明治天皇(睦仁、在位1867~1912)