明治維新も19年目を迎えたことで、政府は当初の諸制度の手直しを実施した。この年の1月の軍制改革で参謀本部陸軍部の下に六個師団が置かれることになり、地方制度では、開拓使にかえて北海道庁を開庁、教育改革では、3月に帝国大学令を公布して東京大学を改めて東京帝国大学が誕生、さらに地方に教育行政をゆだねていた「教育令」(明治12年)をさらに地方官の影響力を強めて「小学校令」「中学校令」で就学義務を定め、教科書はそれまでの自由採用から検定制度となり、国の意向がさらに教育に徹底される方向となった。10月、神戸居留地の英商館が所有するノルマントン号が和歌山沖で沈没し、見捨てられた日本人乗員25人が溺死、治外法権の居留地で行われた裁判で船長に無罪判決が下り、世論が沸騰した(ノルマントン号事件)初代総理大臣の伊藤博文の最大の政治課題は、条約改正問題だった。

 

 

【参考年表】

・1月 軍隊六個師団が置かれる~陸軍参謀本部の下部に

    北海道庁が置かれる

・3月 帝国大学が創立(帝国大学令)

・10月 「ノルマントン号事件」で世論沸騰

 
 

初代首相・第1次伊藤博文内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/01.html