明治24年は事件続きの年だった。1月には開院したばかりの帝国議事堂(初代)が漏電により火災焼失、また、第一高等中学校のクリスチャンの教員の内村鑑三(後の文学者)が「教育勅語」の朗読に消極的だったことで生徒が騒ぎ、キリスト教は非愛国的とされる事件(内村鑑三不敬事件)が問題となった。3月には「立憲自由党」がかつての「自由党」の党名に復帰し、5月には松方正義が第4代内閣総理大臣に任命され、松方内閣が組閣されたが、同じ5月には来日中のロシア帝国の皇太子ニコライ(後の最後のロシア皇帝)が滋賀県の大津で暴漢に襲われ、頭部に負傷する事件(大津事件)が起こり、さらに10月末には濃尾地方(岐阜県・愛知県)にM8.0の明治時代最大の内陸大地震(濃尾大地震)が日本の中央部が襲われた。

 

 

【参考年表】

・1月 帝国議事堂(初代)が火災焼失

・3月 立憲自由党→自由党

・5月 松方内閣が組閣

    大津で来日中のロシア皇太子襲われる(大津事件)

・9月 上野~青森の間に鉄道開通(現・東北本線)

・10月 濃尾大地震

    帝国議事堂(二代目)が竣工

・この年「オッペケペー節」が流行

 
 

​第4代首相・第1次松方正義内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/04.html

​12月25日 帝国議会解散