明治29年は戦後恐慌に襲われ、経済は恐慌状態、国内は赤痢・チフスの大流行で、政界では3月に立憲改進党・立憲革新党・大手倶楽部・帝国財政革新会・中国進歩党などが大合同して代議士99名で「進歩党」(大隈重信が事実上の党首)が結成された。6月には東北地方の岩手県釜石の200キロ沖合の三陸沖を震源とするM8.2の巨大地震(三陸沖地震)が発生、発災30分後の夜8時の三陸海岸が軒並み10メートル、最大で20メートルを超す大津波(明治三陸大津波)に襲われた。国内に活路を失った多くの日本人は移民となって海外に活路を求めたが、翌明治30年6月、ハワイ政府は津波のように押し寄せる日本人移民の上陸を拒否する事件があり、外交問題に発展した。

 

 

【参考年表】

・3月 旧改新党らが進歩党を結成

・6月 東北地方で三陸大地震・三陸大津波

・9月 第二次松方内閣(松隈内閣)が組閣

・この年、山縣有朋がロシア訪問、日露協約

 
 

​第5代首相・第2次伊藤博文内閣

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/05.html

​第6代首相・第2次松方正義​

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/06.html