1910年(明治43)の経済は依然と沈滞、3月には「憲政本党」を中心に「非立憲政友会」の三派が合同して「国民党(犬養毅・党首)」が結成された。6月には長野県の製材所の職長ら4人が爆発物所持で松本署に逮捕されたのを事件の発端に、別グループが皇太子暗殺計画容疑で逮捕され、社会主義者が関与していると幸徳秋水ら26人がでっちあげの天皇暗殺容疑で「治安警察法」(明治30年施行)により逮捕された(大逆事件)。8月には「韓国併合ニ関スル条約」に基づいて日本は大韓帝国を併合(戦前は「日韓合邦」と表記され、韓国では「韓日併合」と表記)し、9月に朝鮮総督府官制が発布されたことで、朝鮮には大日本帝国憲法が適用され、司法・行政・立法の全てを日本政府が握ることとなった。国内では10月に政府が「工場法」の政府案が桂太郎内閣から公表されたが、翌明治44年の1月には報道禁止・非公開の大逆事件の裁判で社会主義者の幸徳秋水ら12人に死刑判決、12人に無期懲役判決、2人が有期刑(8年、11年)判決となった。作家の永井荷風、森鴎外、徳富蘆花らは当局を批判し、判決の日、新聞で記事を見た詩人の石川啄木は日記に「こんな日本は駄目だ」と書き記した。

 

 

​【参考年表】

・3月 国民党結成

・5月 ハレー彗星が出現

・6月 大逆事件(社会主義者の弾圧)

・8月 韓国を併合(韓国併合に関する条約で主権を奪取)

・9月 朝鮮総督府官制が発布

・10月 工場法案が発表

・11月 日本初の飛行機が浮揚

 
 

​第13代首相・第2次桂太郎内閣​

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/13.html

 
 
大手雑誌「太陽」の表紙

戦争に勝って一等国になったが