明治44年は1月に大逆事件の嫌疑で幸徳秋水ら社会主義者12人の死刑が確定し、暗い時代を象徴した。3月には国民念願の「工場法」が公布されたが、その実施は5年後の大正5年に先延ばしとなることに。政界は「桂園時代」の蜜月時代が継続中で、8月には桂内閣が総辞職したが、すぐに第2次西園寺内閣が組閣した。一方、中国大陸では、4月に中国の武漢(現・武漢市)を中心とする長江(揚子江)流域に革命の重点を移した「中国同盟会」が9月に武装蜂起の準備を整え、10月10日夜に革命派の指導する新軍が清国の兵器庫を襲撃した。革命の火の手は蜂起地の武漢から「武漢三鎮」と呼ばれた武昌、漢口(ハンコウ、現・武漢市漢口区)、さらに漢陽に波及して「湖北軍政権」が樹立され、清国から独立宣言する省はまもなく14の省に波及した(辛亥革命の始まり)。12月には中国で各省代表が集まって南京会議が開催され、翌明治45年(1912)元旦に「中華民国」が建国、臨時大統領に孫文が就任して建国を宣言、翌月の2月には清朝国王・溥儀(後の満洲国皇帝)が退位を宣言して紫禁城に籠り、ここに1636年に建国された清国は終焉した。一方、日本国内では、明治44年12月の年末に東京市営となった路面電車(東京鉄道会社)の乗務員の退職金問題に端を発した大ストライキが発生、交通マヒの非常事態は越年して新年の庶民の足を奪うこととなった。詩人の石川啄木は元旦の日記に「今年ほど新年らしい気持のしない新年を迎えたことはない。というよりはむしろ、新年らしい気持ちになるだけの気力さえない新年だったという方が当っているかも知れない」と書き、その翌日には「明治四十五年がストライキの中に来たという事は私の興味を惹かないわけに行かなかった」と書き記した。

 

 

【参考年表】

・1月 幸徳秋水らの死刑確定(大逆事件)

・3月 工場法が公布(実施は大正5年)

・4月 石造りの日本橋が開通式

・5月 国営鉄道の中央線開通

・8月 桂内閣総辞職・第二次西園寺内閣組閣

・10月 中国で辛亥革命(第一革命)起こる

・12月 東京市電が大ストライキ

 
 

​第13代首相・第2次桂太郎内閣​

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/13.html

第14代首相・第2次西園寺公望​

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/14.html