昭和26年3月に朝鮮戦争で国連軍を率いた強硬派のマッカーサー司令長官がトルーマン大統領との意見対立が表面化、4月に解任されて帰国することとなり、5月には後継の2代目のリッジウェイ司令長官が来日した。日本経済は前年に降って沸いた「朝鮮特需」をきっかけに復興の道を歩き始め、繊維産業・製鉄業をはじめ好況で、証券民主化後の証券市場は活況となった。この時代の成長産業は「ラジオ」で、従来のNHKラジオが唯一のラジオ放送だったのが、9月1日午前に日本初の民放ラジオ局として「中部日本放送」が開局したのに続き、午後には2番目、関西初の民放ラジオ局「新日本放送」(現・毎日放送)、11月には3番目のラジオ放送局で大阪で2番目の「朝日放送」、11月には4番目で九州初の民放ラジオ局「ラジオ九州」(現・RKB毎日放送)、5番目の民放ラジオ局「ラジオ京都」(現・KBS京都)が開局、12月25日には関東初の民放ラジオ局「ラジオ東京」(現・TBS)が開局、翌年の申請組には「日本文化放送協会」(現・文化放送)、「日本放送」(現・ニッポン放送)などが続き、家庭電器メーカーはこぞってラジオ受信機を製造し成長産業に急成長、ラジオ部品商が集まる東京神田の秋葉原に多くの人が集まるようになった。

【参考年表】

昭和26年

1月 マッカーサーが日米講和・日本再軍備を提言

   歌舞伎座で歌舞伎公演を再開

・4月 マッカーサー司令長官解任

・5月 リッジウェー司令官着任

・6月 NHKがテレビの実験放送を開始

    日本がユネスコに加盟

・9月 対日講和条約調印

    日米安全保障条約調印

    民間ラジオ放送が開始

 
 

​第48代首相・第3次吉田茂内閣(s24/2~s27/10)

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/49.html

昭和26年7月4 日吉田内閣改造

昭和26年10月 社会党が右派・左派に分裂  

昭和26年12月26日 ​吉田改造内閣が成立